![]() ![]() 帯広市の中心部、商店街の一角に、帯広っ子なら多分誰でも知ってる写真館、「ミドリ写真館」があります。3階建ての店内に入って行くと、そこには赤ちゃんや振り袖姿の若い女性、結婚式の写真や着物姿の外人など、沢山の記念写真に混じって、年代物の椅子や花籠など、写真館ならではの小道具が。ちょっとした緊張感と、どこか懐かしさを感じる空間です。 それまで暗かったスタジオにライトが点ると、そこだけ華やかな空間に様変わり。それまで、いつものようにてきぱきと撮影準備をしていた社長の大玉さんは、「撮されるのは苦手ですね」と言いながら、ポーズをとってくれました。。 |
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ミドリ写真館は、昭和12年創業の老舗。創業者は父親の辯(さとし)さんで、十勝地域では2番目に古い写真館です。2代目の現社長、公輝さんが生まれたのはその翌年。ものごころついた時から写真館の生活で、自宅には毎日現像に使う酢酸の酢の臭いが充満していたので、酢の物は今でも食べたくないと言います。
古い歴史を誇るだけに、何世代にも渡るおつきあいのあるお客様も少なくなく、中には結婚式の撮影から25年間、毎年12月31日の午後3時に必ず、同じポーズで写真を撮って行くという方もいます。最初は2人だけ、そのうち生まれたばかりの赤ちゃんが加わり、いつしかその子に背丈が追い抜かされて行く。そんな家族の歴史を、大玉さんのカメラは写し取ってきました。 現在の建物が建ったのは昭和48年。その翌年には、忘れられない出来事が起こります。それは、アメリカで開催されたプロ写真家の大会に、日本から参加した時のこと。 |
| 白黒写真からカラーになり、取り残されていた日本の技術と比べ、アメリカでのカラー撮影技術の高さ、機器の進歩に圧倒されました。照明の考え方から、ドラマチックな演出の仕方まで、思いも寄らない新しい世界が目の前に広がっていたと言います。大玉さんは、別な年にも同大会に自主的に参加。勉強会、見学会に参加して、持ち帰った技術を従業員や研修会などを通じ、業界に普及させることにつとめました。 ボルボとの出会いは、修行時代に師匠が乗っていたアマゾン。当時誰もがあこがれだったボルボでしたが、大玉さんは平成元年、ついに740を手に入れ、念願成就。それから「淑女のよう」という乗り心地を12万キロ満喫し、今年クロスカントリーに。今度は「じゃじゃ馬のよう」と言いながら、撮影機材を乗せてどんどん走る機動性にご満悦の様子です。 誰よりも早く海外の技術を取り入れてきた大玉さんですが、その話題は技術よりもお客様との思い出がほとんど。経営談義よりも、その時、その時、どんなことを思ったかという、心の話題が多くなります。デジカメや使い捨て、電話にまでカメラがついて、誰でも写真を撮る時代。でも、単なる画像じゃなく、心まで残したいなら、こんな町の写真館に出掛けてみてはいかがでしょう。 |
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